世界でいちばんのきみへ

ありがとうとごめんね

偶像崇拝禁止令

 

増田貴久というアイドルは、ファンサをしない。

 

これは別に彼が冷たい性格なわけでも、アイドルをサボっているわけでもない。

彼はなにかの映像で「ファンサービスはあまりしないですね。ライブに来てくれる人ひとりひとり、スタンドの上の方まで、全員と目を合わるのが目標」と言った。

わたしはそんな彼の姿勢が大好きだ。アイドルとして筋の通った生き方をする彼のことを尊敬し、惹かれている増田担である。

 

彼はアイドルだから、ファンサをしないのだ。

 

 

 

 

 

 

幸せなことに、わたしは9月15日、NEWS結成19周年の記念日にライブに入ることができた。しかもアリーナ前方、トロッコが通る道のすぐ横。入れただけでも幸せなのに、とんでもない神席だった。

思わず、期待がふくらむ。

 

それだけではなかった。

隣で入ったシゲ担の友人が、トロッコに乗ったシゲにお手振りを貰った。隣にいるわたしには目もくれず。友人は「……わたしかなぁ?」と言っていたが絶対にあなたである。(断言)

「これがうわさの、シゲ担にしか見せないシゲの顔か」と、隣で思わずにやにやしてしまった。(というかわたしの方が叫んで友人の肩を揺さぶって大暴れした)(おい)感覚としては友人カップルのやり取りを見てにやにやするのと同じ。(?)

けれど、じわりと欲が滲む。

 

ライブ終盤、NEWSの3人が同時にトロッコでわたしたちのブロックに来る。通路に近い側だった友人が場所を交代してくれた。コヤシゲマスの順番で近づいてくるトロッコ

わたしは先に前を通ったコヤシゲをさらっと見て(おい失礼だぞ)、ひたすら増田さんを見つめていた。

 

増田さんはファンサをしない人だから、そう思ってわたしはファンサうちわも名前うちわも作っていかなかった。

 

ただ、増田さんの顔うちわを胸の高さで抱きしめ、ブレスライトを付けた腕を周りの邪魔にならないぎりぎりの範囲でブンブンと振って、そして、咄嗟に手に持っていた双眼鏡をパイプ椅子に置いた。

しかし、増田さんはわたしたちのブロックに背を向けたまま、目の前の通路を通り過ぎていった。

「ああもらえなかった。でもこんなに近くで増田さんを見られてよかった、これで十分幸せだ」と考えながら、メンステへと遠ざかっていく彼を目で追った次の瞬間、

 

くるりと増田さんが振り返った。

ぱちりと目が合う。1秒、2秒。いや3秒かもしれない。彼の表情がふにゃりとほどけた。あったかくてやさしい、大好きな笑顔。

ひらひら、彼の手が左右に動いた。

 

すべてがスローモーションのようだった。

一瞬何が起こったか分からなくて、しばらく経ってからようやく状況を理解した。

 

増田さんに、ファンサをもらった。

 

お手振りはファンサのうちに入るのか、わたしだけにしたものなのか(たぶん違うと思う)、わからない。けれど、あの瞬間増田さんの視界に入っていたことは間違いないと思う。

 

わたしは常々、増田貴久さんというアイドルを応援するにあたって、「増田さんが輝くための、光のひとかけらになりたい」と言ってきた。ライブではペンライトで増田さんを照らすことができたらそれだけでいい。だから、べつにファンサはいらないのだと。

 

大嘘だった。

ロッコがわたしたちのいるブロックを通る直前のわたしの行動ぜんぶ、ファンサをもらいたいという欲にまみれたものだった。「増田さんはファンサしない、誰も一人にしないしだれも特別扱いしないサイコーのアイドルだ」と頭では分かっていても、それでもあの瞬間「ここにわたしがいる」ということだけを知ってほしくて、その証として彼からのファンサが欲しくなってしまったのだった。

 

あとから友人に聞くと、同じ列にいた増田担が規定違反のうちわを持っていたから、わたしたちの目の前を通った時に増田さんが背を向けたのはその人を干すためだったんじゃないかと。ルール違反をしてしまったオタクを干したあと、巻き込まれた周辺のわたしたちのことを忘れずに振り返って手を振ってくれたのだ。

 

 

 

ファンサービスをくれたあの日も、増田貴久さんはしっかりと、スーパーアイドルだった。